ごはんとみそしるの日記

日々のあれこれ

義母の豊かさ


IMG_20171014091057_.jpg

 義理の母はなんでもやる人だった。私の常識では「当然買ってくるでしょう」というものも、特に力を入れず普通に手作りしていた。
 
 あんこや切り干し大根などは当たり前、お蕎麦も自分で打っていたし、お正月のしめ縄も手作りしていた。しかも、材料も自前だった。松の木の枝を山から切ってきて使っていた。山に行っては植物の蔓をとってきて、こちらの要望に会わせてバスケットを編んでくれた。近くの栗の木からとってきた栗の実を甘く煮て、瓶詰めにして棚に並べてあった。梅干し、漬け物、山菜にも全て独自の味付けがありレシピがあった。

 義母は小さいころから弟妹の面倒を見るため学校などには満足に行けず、たまにくれるお手紙には書き間違いもあった。しかし、義母の生き方の豊かさといったら、そんなものは人生の中でどれほどのものかと強く感じさせる確かさでメッセージを送ってくる。

 義母が突然亡くなってもう十年以上たつが、義母の手が入った手作りの品は今でも我が家にたくさん残っている。みんな、義母が作っていた料理を何とかもう一度食べたいと、思い出しては再現しようとしている。何より、義母との思い出は視覚や味覚やたくさんの感覚の記憶となって色あせていかないのである。

 生きているときは、お互いよそよそしさが抜けきれない関係だった。けんかもしなかったが、相手のエリアに入り込むような関係も築くことはできなかった。何より、私が義母の生き方の豊かさにしっかり気がついていなかった。

 義母へのリスベクトの気持ちが、年を重ねるにつれて強くなっていく。
(2017 10 10)