ごはんとみそしるの日記

日々のあれこれ

OFF COURSE

 なんの脈略もなく、主人と録画溜めしていたOFF COURSEの武道館コンサートを観た。OFF COURSEといえば、高校生の頃友だちが買ったレコードをテープにダビングして聴きまくっていた、一応ファンである。ただし、レコードは1枚も持っていないし、コンサートにも行っていない。小田さん以外のメンバーの名前さえも怪しいけれど、でもその曲はそれこそ「テープがすり減るほど」聴いた。

その後、OFF COURSEの活動のせいなのか私の生活が変わったからなのか、あまり聴かなくなり、たまに小田和正の曲を耳にすると「ヤッパリいいねぇ」などと元ファンとしての発熱はあるが、OFF COURSEの音楽とは少し離れて暮らしていた。

 

 そして、その『コンサート』なのだが、思いがけずドップリ浸かってしまった。たしか、このライブのアルバムも、昔テープにダビングして聴いていたはず。小田さんが歌いながら感極まるところも、どのタイミングでどんな風に声が詰まるのか、預言者のようにわかる。でも、それだから、というだけではない。有名な今でもよく耳にする曲もあるが、ああ、こんな曲もそう言えばあったあった、というものまで、聴けば蘇って口から歌が流れてくる。そして、そんな忘れかけていた曲を聞くほど、どこかに引っかかっていた思いが湧き上がってくる。

 

 思い出すのはあの時の自分。というよりあの時の自分の周りにいた人、もの、考え方、空気、時代。全くうたの歌詞とは関係のないこと、学校の帰り道友達とハモって帰ったことや、今は会えない友だちや、あの時死んじゃった飼い犬のことなんかもゴッチャになって浮かび、自分の一部がタイムスリップしたかのような感覚に陥った。

 

 翌日、ユーチューブやdヒッツで、OFF COURSEの曲を貪るように聴きまくった。一人車のなかで大声で歌い、タイムスリップの余韻に浸った。

 

 OFF COURSE、やっぱりいいわぁ。あの歌詞から沸き起こる感情の揺れ、いい!

と、もちろんそうも思うが、それ以上に、あの時代の自分に染みつき、一体化しているOFF COURSEに、そのことに感動した。

 

 昔の曲を聴いて、その時代ごと思い出すことはこの年齢になると多々あるのだが、OFF COURSEのパワーはマジすごかった。

 

 昔、父が『懐メロ』を聴いていたのは、こんな心境だったのか、と考えて、そんな自分にツッコミを入れた。父が『懐メロ』を聴いていたのは、今の私より20才も若い頃ではないか。

 

 あらためて、自分の年輪を感じたのだった。

 

愛しいセリフ

 百均で買い物をしていたら、お母さんと小さな男の子の会話が聞こえてきた。    

 お母さんは色々雑貨類を物色しているが、男の子は早く帰りたい様子。「まま!まだ?早く!早くう!」と駄々をこねている。お母さんはそれをいなすように「ちょっと待ってて。」と応じているが、双方にストレスがたまっていくのがヒシヒシと伝わってくる。

 

 通路の向こう側で、男の子の声はだんだんと大きくなって周りの目が注がれ、お母さんのイライラも爆発寸前だ。「お母さん!お母さん!手!手ぇ!」と叫び声にも近い声で訴える男の子。お母さんは「静かにして!」と、その声もどんどん大きく険しくなってきた。「お母さん!」と「静かにして!」の言い合いがしばらく続いたその時⋯男の子が訴えるように叫んだ。

 

「お母さん!静かにするからぁ、静かにするから手ぇつないで!」

 

 その声に思わず吹き出してしまった。そして、なんとも愛おしくて、思いがけず涙が出てきた。

 

 あぁ、なんて可愛いのだろう。こんなセリフ、これはこの子の勝ちだわ。

 

 そんなふうに思いつつ、思い出していた。こんなやりとりを、かつてうちでもやっていたことを。こんな愛しいセリフをたくさん浴びていたことを。あの時の自分は必死で、それが日常すぎて、その幸せに涙するような余裕などなかったけれど。

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 案の定、その後二人のやりとりは聞こえなくなり、そっとのぞくと笑顔で帰っていく親子がみえた。

エレベーターの挨拶

 シニア特典の醍醐味『大人の休日倶楽部』。今回、いよいよ満喫する機会を得た。

 主人と二人、東京から東北にかけて気になっていた名所を回る予定である。

 

 最初の拠点として大宮に宿をとり、あちこち観て回った。その、ホテルのエレベーターでのことだ。

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 朝、出かける際エレベーターに乗り込もうとすると、すでに中には7、8名ほど人がいた。ちょっと気まずさを感じながら中に入ると、高齢の男性がさわやかに「おはようございます。」と声をかけてくださった。反射的に「おはようございます。」と返答したが、その後の空間の居心地のよいこと!それは、内部全体に広がり、その後の出入りもそれぞれが気を配り、譲り合い、とてもほのぼのとした空間になった。

 

 その心地よさは、しばらく私の中に留まり、その日の気分を盛り上げてくれた。そして、自然と他の人への気配りや思いやりにつながったように思う。

 

 いくつになっても、周りに働きかける機会はあるものだ。エレベーターの中のあいさつ1つで、こんなにも周囲の心に影響を与えることができる。この気持ちを伝えられないのが残念だけれど。

 

 そういえば、亡くなった父も、よく旅先で周囲の人に声をかけていたな。なんとなく、先ほどの御仁と声が似ていたような⋯。

 

 そんな事まで空想し、その温かさを存分に味わったのだった。

 

 

緑が濃くなる

 家の改修工事のため、GW明けから家には足場が組まれ、窓にはネットがかけられた。双方の気まずさを避けるためにカーテンを開けずに過ごすことも多かったのだが、外作業が一段落すぎたので久しぶりに窓を開けて過ごした。

 GW前は、まだ新芽が出始めたところだったが、久しぶりの窓の外は緑一色だ。f:id:butasanlove:20260602113248j:image

 その風景に触れた時、ふと思った。『緑が濃い』と。これまで、緑が濃くなりましたね、という言葉は、夏に向かう時の季節の挨拶で、それほど感慨を込めて口にしたことはなかったような気がする。

『緑が濃い』は、夏になると葉っぱの色が変わるのかな、と漠然と思っていた。(検索すると、どうやらそれは正解らしい)

 でも、今日私が感じたのは、葉が生い茂って密になり、その影が緑をより深く濃く見せている、そのコントラストだ。これが『緑が濃い』なのか、と勝手に納得して、ちょっと感動した。

 

 自分のなかで、漠然と意味もわからず存在していたものに、何か意味を見いだせるのは楽しいな、と思った。もっとないかな、他にもそんな発見が。これからの人生にまだまだあるかと思うと、「悪くないぞ、シニアライフ」と思うのである。

誇り高き「足場屋さん」

 家の改築工事が始まった。自宅で夫婦二人でカフェを開店しようという無謀ともいえる試みが、いよいよ具体的にスタートする。

 

 初日の朝、足場を組むために「足場屋さん」がやってきた。イケメンの若者3人。作業開始前にリーダー格の一人がさわやかにあいさつをしてくれたが、後の二人は目を合わせず⋯。イマドキの若者だ、そんなものか⋯。作業が始まると、窓の外を黄色い髪の毛が移動していくのが見える。

 

 重たい鉄の棒を組んでいくのだから、さぞや騒がしくなることだろうと覚悟していたが、そのうちに作業していることすら忘れてしまっていた。全く音がしないのだ。あれっ、と思って窓の外をのぞくと、せっせと鉄の棒を運んではそれを地面の定位置に置いている姿が見える。目を奪われたのは、その時だ。彼らは鉄の棒が地面にしっかり着地するまで手を離すことなく、従って金属音などカタリとたてることもなくすべての鉄の棒を運び込んでいるのだ。

 

 スゴイ!どこの「足場屋さん」もそうなのだろうか?それにしたって、かなりの量の鉄棒、すべてにそのやり方を徹底している。手を抜きたくもなるだろうに、一切気を抜くことなく黙々と作業をしているのだ。そんな事、よほど強い意識を持っていなければできることではない。

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 感動した。「丁寧な行為」とはこんなにも心を打つのか、と思った。それからはついチラチラと彼らの作業に目を奪われる。下から上の仲間に正確に投げ上げられる鉄の塊。動きに一つの無駄もなく、惚れ惚れする。彼らはどれほどの誇りを持って、自分の仕事に向き合っているのか、尊敬の念が沸々とわき上がってくる。

 

 せめて感動を伝えたくて、休憩時間にペットボトルの飲み物を差し入れて「丁寧な作業」について心からのお礼を伝えた。黄色い髪の彼は、顔にいくつか「輪っか」がついていて、古い人間の私はいつも痛そうで目をそらしてしまうのだが、今日はその輪っかすらも神々しく見えるほどだ。おばさんの言葉に、彼らはちょっと照れくさそうに微笑んでくれた。

 

 帰り際、もう一度お礼を伝えて見送った。朝には目を合わせてくれなかった若者は、こちらを見て少しほほ笑みながらゆっくりと頭を下げてくれた。

 

いいスタートが切れたなぁ。「足場屋さん」の誇り高き若者三人衆のおかげで。

 

三十代になったキミへ

 今日は長男の30歳の誕生日だ。30年前の今日、私はお母さんになった。

 

 月並みだが、「子どもだと思っていたら、もう30か⋯」と感無量である。そんな事を考えながら家の片付けをしていたら、偶然、長男が大学入学で一人暮らしを始める時に私がアパートの部屋に書き置いてきた手紙を見つけた。(これがなぜ私が持っているかというと、彼は地元に就職し、今は自宅から通勤しているからである。大学から戻ってきた彼の荷物に入っていたものだ。)

 

〇〇〇へ

いよいよ今日から一人暮らしだね。

〇〇〇がいないと、ママはとても不安だけど、〇〇〇に負けないように頑張るよ。パパも△△(次男)もね。

 ママをお母さんにしてくれてありがとう。いつもママに優しくして、助けてくれてありがとう。きつく怒ったり、八つ当たりしたり、そのくせほったらかしてダメな母だったのに、いつもママを大好きでいてくれてありがとう。

 ママも「うちの〇〇〇」が大、大、大好きだよ。

 〇〇〇は大丈夫だよ。〇〇〇のこれからのチャレンジ一つ一つが、ママの誇りです。

応援しているからね。

             ママより

 

 あの頃、彼はとっくにママ呼びを卒業していたのに、自分では「ママ」と言っていることに気恥ずかしさを感じつつ、それでも何かジーンときた。

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 彼は小さい頃から、周りの人を喜ばせるのが好きな子だった。それは、今も変わらない。顔が見えない相手にも、丁寧に誠実に対応し、相手の困り感に寄り添っている。きっと、どんなに忙しくても、困っている人を見ればつい助けてしまう、そんなやり方をしているんだろう。

 今も、そしてこれからも、彼はずっと私の誇りである。

 

 

 

シュレッダーに食べてもらう

 昨日、3年間勤めたフリースクールの支援員の仕事を退職した。悔いのない、かけがえのない時間を過ごすことができた。

 

 3年間、仕事を終えると欠かさず、その日会った子どもたちとのやりとりや様子を記録としてノートに記すのが日課だった。特になにかに使うわけではないが、その日のうちにもう一度その子を思い出して、次会う時のイメージを作りたかった。

 日によっては、人数が多かったり、やりとりが多かったり、眠気に負けて判読不可能なものもあったが、「これだけは」と自分に課して続けてきた。

 退職が迫ってきたので、古いものからシュレッダーにかけた。一応、個人情報だし、それに単なる「思い出」として残すようなものにしたくなかった。

 最終日の昨日も、これまでと同じように、その日の記録を個人毎に書いた。書き終えて、ひと息つき、そしてそれもシュレッダーにかけた。3年間の記録は、すべて、シュレッダーに食べてもらった。

 

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こうやって3年間の仕事を、すべて無事やり終えたのだった。