月井さんとは、私が一年半ほど前から通っているスポーツジムで知り合った。月井さんは93才。周囲と和やかにおしゃべりし、しっかりした足取りで自分のトレーニングメニューをこなし、ジムのスタッフに出してもらう脳トレの問題の答え合わせにお茶目に一喜一憂してみせる。何をしていても楽しそうで、目が合うと「おっ、今日も頑張ってるなあー」と声をかけてくれる。すると、子どもが先生に誉められた時のようなくすぐったい気持ちになるのだ。
ある日、月井さんがいつものようにビデオを観ながらストレッチをし終えると、私に「あのお姉ちゃん、今日も俺にウインクしてくれたぞ。」といたずらっぽく笑った。なんのことかな、と思いつつストレッチしていると、ビデオの中のインストラクターの女性が、首を横に倒しながら、気持ち良さそうにパチパチッとまばたきをした。ウインクの正体はこれだ、とみんなで大爆笑した。
そんな月井さんが体調をこわし、入院した。たくさんの人が次々にお見舞いにいったが、そこでも月井さんの笑顔は変わらなかった。月井さんの誕生日の2月1日は、ジムでお祝いしましょうと話して帰ってきた。
月井さんが亡くなったのは、1月7日のことだった。
月井さんが国鉄の車掌さんだったことを、私は初めて知った。月井さんの人生のほんの小さなひとかけらしか私は知らない。でも、命を丁寧に機嫌良く生き切る、という姿を、道しるべのように感じさせてくれた。
今も、ストレッチで「ウインク」を見るたび、おかしそうに笑う月井さんの顔がよみがえる。